不動産を共有していると売却も賃貸も自由にできず、煩わしさを感じることもあるでしょう。そのような状況での解決策の1つが「共有物分割訴訟を起こすこと」です。
日本人は裁判になじみがないため、訴訟というと「ハードルが高い」と感じられるかもしれません。また、仮にそう感じなくても、多くの人には縁のない法律用語なので、「何をするのかイメージがわかない」ということが少なくないでしょう。
この記事では、下のような点をまとめていきます。
この記事を読んでいただくことで、一見難しく感じられる共有物分割訴訟が、意外とカンタンな原理であることを、理解していただけるでしょう。
共有物分割訴訟とは
共有物分割訴訟とは何かをまとめると、下のようになります。
以下、それぞれ詳しく解説していきます。
共有物の分割を、裁判所の仲裁で行うもの
共有物を分割する方法は多くあります。その中でも、「裁判所に仲介してもらう」ものが、共有物分割訴訟です。
訴訟というと、通常の裁判のように勝敗をつけるものを思い浮かべるでしょう。しかし、共有物分割訴訟では勝訴・敗訴というものはありません。
あくまで共有物の最適な分割方法、あるいは割合を裁判所に決めてもらうというものです。
共有持分の配分を買えるのではなく「完全な別物」に分割
共有物の分割とよく混同されるのが「共有持分」です。分割と持ち分けの違いは、土地で説明するとわかりやすくなります。
- 分割…土地自体を複数に分ける
- 持分…土地は1つの固まりのままで、その「所有権」を複数に分ける
ここでは所有権と書きましたが、借地権・底地権など別の権利のこともあります。何にしても、分割は「共有物自体を分けて、それぞれ完全に別物とする」ものです。そして、持分は「権利だけを分ける」ものです。
このため「共有持分状態を解消して、分割にしたい」という理由で共有物分割請求(訴訟)を行うケースもよくあります。
共有物分割訴訟が必要になるケース
共有物分割訴訟が起こるケースで特に多い例をあげると下のようなものです。
以下、それぞれのケースについて解説していきます。
共同相続した不動産を分割
父母や親族などが死亡し、兄弟など複数の相続人で不動産を相続することはよくあるものです。このとき「とりあえず法定相続分で共有持分にしよう」という決定をすることも多くあります。
しかし、共有持分は売るにしても賃貸に出すにしても非常に厄介なものです。この点は下の記事で詳しくまとめています。
この厄介な共有状態を解消するために、不動産の分割請求相続を起こすケースは多いのです。
遺留分減殺請求の後の不動産分割
遺留分とは「法定相続人が必ずもらえる分」のことです。たとえば遺言状に「長男に全財産を譲る」と書かれていたとします。
このとき、次男や三男がその内容に納得できなければ「遺留分」をもらえるのです。遺留分は「本来の法定相続分の半分」です。
裁判所の正確な説明を引用すると、下のようになります。
遺留分減殺請求とは,遺留分を侵害された者が,贈与又は遺贈を受けた者に対し,遺留分侵害の限度で贈与又は遺贈された物件の返還を請求することです。
遺留分減殺による物件返還請求調停(裁判所)
遺留分減殺請求がどのようなものかは、具体的な数字を出しながら見るのが一番わかりやすいでしょう。ここでは具体例を出して説明していきます。
遺留分減殺請求の具体例
例えば、下のような家族構成だったとします。
- 父親(死亡)
- 母親
- 長男
- 次男
- 三男
この場合、本来の法定相続割合は下のようになります。
- 母親…2分の1
- 長男…6分の1
- 次男…6分の1
- 三男…6分の1
6分の1というのは「2分の1を三等分した」ということです。配偶者である母親がまず半分を持っていき、残り半分を子供で分け合うのです。これが典型的な法定相続割合です。


3人が遺留分減殺請求をするとどうなるか?
まず、遺留分減殺請求をしないで遺言通りにしたら、下のようになります。
- 母親…ゼロ
- 長男…全部
- 次男…ゼロ
- 三男…ゼロ
これが遺留分減殺請求によって、下のようになります。
- 母親…4分の1
- 長男…2分の1
- 次男…8分の1
- 三男…8分の1
なぜこの割合になるかというと、遺留分減殺請求では下のような手順で割合が決まるためです。
- まず、遺産を半分にする
- その半分の遺産を「減殺請求を起こした人たち」が、法定相続割合に従って分ける
- 残り半分は、故人の意思の通りに決まる
上の例だと、母親・次男・三男が「減殺請求を起こした人たち」です。そして、この3人だけで遺産分割をすると、割合は下のようになります。
- 母親…2分の1
- 次男…4分の1
- 三男…4分の1
そして、元の遺産が最初の時点で半分になっているので、上記の「2分の1・4分の1」がさらに半分になります。そうして「4分の1・8分の1」になり、下のようになるわけです。
- 母親…4分の1
- 次男…8分の1
- 三男…8分の1
これで遺留分減殺請求については完了です。残りの半分は故人の意思に従います。
今回の故人は「長男に全部継がせる」という希望だったので、ここに「長男…2分の1」が追加されるわけです。実際には、この相手は愛人でも誰でもよくなります。
「愛人…2分の1」もありえますし「愛人…4分の1、長男…4分の1」などパターンは自由です。極端な話、犬などのペットに相続させてもかまいません。


遺留分減殺が請求された時点で、不動産は共有状態になる
ここまでは「遺留分減殺請求とは何か」という説明をしてきました。不動産についていうと「請求された瞬間から、不動産が共有状態になる」というのがポイントです。
たとえば、先ほどの例の遺産がすべて一つの不動産(建物)だったとしましょう。その場合、不動産の共有持分が下の割合になるわけです。
- 母親…4分の1
- 長男…2分の1
- 次男…8分の1
- 三男…8分の1
これはあくまで「権利」が分かれているだけです。更地ならともかく、建物をこの割合で分けることはできません。
一棟丸ごとのマンションだったら部屋数で分ける方法があります。アパートでも同様です。しかし、一戸建ての場合はそのように分割できません。
このため、故人やメインの相続人の意思とは無関係に「いきなり共有持分状態」になってしまうのです。そして、遺留分減殺請求を起こすような人間関係だったら、持分割合を買い取ってもらう、共同で売却するなどの手段は取りにくいと考えられます。
このような理由から、遺産相続の後で共有物分割訴訟をするケースが多いのです。
共同購入した不動産の分割
夫婦や兄弟、あるいは事業のパートナーなどが共同して不動産を購入することはよくあります。このようなケースでは分割できないため共有持分になるものです。
「分割できない」というのは、建物だけでなく土地でも同じです。分割(土地なら分筆という)は、土地の資産価値を落としてしまうためです。
そのため、共有持分は後々厄介になるということを知っていても、共同出資で不動産を購入する場合、共有名義にせざるを得ないケースがほとんどです。
そして、後に下のようなケースで共有名義の解消が必要になったとき、分割請求をすることになります。
- 離婚
- 事業の清算(会社の倒産など)
- 単純な関係悪化
離婚についてもその他の原因についても、不動産だけの問題にとどまらず人生全体の問題&課題といえます。不動産の共有状態を解消しなければいけないケースというのは、大抵「何かがうまく行かなくなった状態」です。
ただでさえ離婚や倒産などで揺れているところに、さらに共有物分割という厄介な仕事が加わるということを事前に想定しておきましょう。
(不動産に限らず、何でも不利な状況はさらなる不利を呼ぶことが多いものです。常に悪い事態も想定してあらゆる備えをしておくのがいいでしょう)
共有物分割の3つの方法
共有物分割には下の3つの方法があります。
上記の3つの方法があることは、公益財団法人・全日本不動産協会の下の記述でもわかります。
訴えを提起し、共有物分割を求めることができます。裁判によって、①現物分割、②競売(売却代金を分配する)、③価格賠償による分割(1人の所有物として、ほかの共有者には金銭が支払われる)のいずれかの判断がなされます。
公益財団法人・全日本不動産協会「共有物分割請求」
以下、それぞれの方法について解説していきます。
現物分割
これはもっとも単純な分割です。土地を半分にする、6:4で分けるなどのやり方を指します。
土地ならこのように簡単に分けられますが、例えば下のようなものは分けられません。
- 家屋(建物)
- 自動車
- その他の物品


このように、動産でも不動産でも、土地以外のあらゆる資産は現物分割が難しいため、後の2つのような分割方法も用意されています。
代金分割
これもわかりやすい方法で「売却して、その収益を分配する」というものです。分配の割合は持分割合で決めます。
もちろん、割合については共有者全員の合意があれば、持分割合とは違う比率にしてもかまいません。たとえば「売却に関して一番動いてくれたから、姉がもらう比率を増やす」などです。
代金分割は「分割ができない」というケースだけでなく「分割によって価値が減少する恐れがある」というときにも行います。たとえば土地は分割できますが、大抵分割すると価値が下落するものです。
共有物分割訴訟の場合、すでに裁判所に訴えているため、「代金分割が妥当である」と裁判官が判断したらそうなることもあります(所有者たちの意思に反して)。
なお、代金分割をする場合は「共有持分を買い取ってくれる業者」を探す必要があります。共有持分の買取業者のおすすめは、下の記事を参考になさってください。
全面的価格賠償
これは、不動産の場合「1人が不動産をすべて引き取って、その分の代金を他の共有者に払う」というものです。要は「持分を買い取る」ということといえます。
「全面的」という言葉が気になる人も多いでしょう。これは対になる言葉で「部分的価格賠償」という言葉があるためです。これについて説明します。
部分的価格賠償
これは主に「現物分割」のときに使われるものです。「土地を二等分する」といっても、実際にはそう簡単に二等分できるわけではありません。道路の位置などあらゆる条件を考えると「ここで境界線を引くべき」という場所があります。
そして、その場所が二等分にならない位置、たとえば「4:6」になってしまうような位置だったら、その分をお金で埋め合わせる必要があるのです。この「過不足分をお金で調整する」というのが、部分的価格賠償です。
全面的価格賠償は、こうした過不足分だけでなく「全部をお金で片付ける」という違いがあります。
共有物分割請求と遺産分割が併存する場合
共有物分割訴訟の中でも特に複雑なケースで「遺産分割が併存する」ものがあります。これについて箇条書きで説明すると下のようになります。
- 「共有者の1人が死亡したとき」に起こる
- さらに「死亡した共有者に相続人がいる」ことが条件
- このとき「遺産分割が終わらないと共有物分割ができないのか?」という問題
- 結論…遺産分割前でも共有物分割をしていい
- このルールを示した2013年の判例
以下、それぞれ詳しく説明していきます。
「共有者の1人が死亡したとき」に起こる
例えば、兄と弟で2分の1ずつ、不動産を共有していたとします。そして、兄が死んだとしましょう。
兄が生きていれば「普通に共有物分割訴訟ができた」のですが、亡くなったことによってそれができなくなってしまいました。
さらに「死亡した共有者に相続人がいる」ことが条件
このとき、兄に相続人が一切おらず、知人に寄付するなどの遺言も一切なければ、兄弟である弟は相続人となります。そして、弟以外に法定相続人になる人が誰もいなかったとしましょう。
この場合は、兄の持ち分をすべて弟が相続することになります。2分の1ずつ共有していた不動産が、すべて弟のものになるということです。
ところが、他に相続人がいたら別です。兄の相続人の例としては、下のような人々があげられます。相続順位が高い(強い)順に並べます。
- 兄の配偶者(奥さん)
- 兄の子供
- 兄の両親
- 兄の兄弟姉妹
- 兄の祖父母・甥・姪
他にも「甥・姪の子ども」などが相続権を持つこともありますが、基本的にはこのように「血縁の近い順」や「故人が責任を持つべき順」に相続の権利が強くなります。


続柄は何であれ、このような広い範囲の誰かが生き残っていれば、その人が兄の持分を相続することになります。このとき「共有分割請求と遺産分割が併存する」わけです。
(相続人が1人だったら遺産分割はないので、すんなり終わります。兄とその人が交代するだけです)
このとき「遺産分割が終わらないと共有物分割ができないのか?」という問題
さて、相続人が複数いて、遺産分割で揉めたとしましょう。このとき、早く自分の持ち分を分割させたい弟は「遺産分割が終わらないと、分割訴訟もできないのか?」と不満に思うわけです。
結論を言うと、これは可能です。遺産分割が途中であろうとも、彼ら相続人を無視して、弟が共有物分割訴訟を起こしていいのです。
結論…遺産分割前でも共有物分割をしていい
これはよく考えると当たり前のことで、「半分はもともと弟のもの」だったのです。そして「兄が勝手に死んだ」わけですから、それによって弟の分割請求の権利が阻まれるのはよくないといえます。
このため、遺産分割がまとまっていようがいまいが関係なく、弟は自分の持ち分について共有物分割訴訟を起こすことができます。そして、先に紹介した3つの分割方法のいずれかによって、自分の持分を分割させることが可能です。
このルールを示した2013年の判例
ここまで説明した内容は、実際の判決でも示されているものです。判決(判例)の概要を箇条書きすると以下の通りです。
事件番号 平成22(受)2355 事件名 共有物分割等請求事件 裁判年月日 平成25年11月29日・最高裁判所第二小法廷判決
詳しい内容は長くなるので省略しますが、最高裁まで争ったことを見ても、重大な議論だったことがわかるでしょう。そして、最高裁の判決は「それ以降、事実上の法律となる」ものです。
ここまで書いた「併存する場合でも共有物分割訴訟を起こしていい」というのは、この判決に由来しています。
共有物分割請求訴訟の費用
費用のポイントをまとめると、下のとおりです。
以下、それぞれ詳しく解説していきます。
必ずかかる裁判費用は「印紙代」
他の訴訟でも同じですが、弁護士を立てなければ弁護士への依頼報酬はありません。必ずかかる裁判の費用は「印紙代」のみです。
印紙代は「訴額」をもとに計算
訴額とは「目的の価額」つまり「不動産の価値」です。「訴額が高い=不動産の価値が高い」ほど、印紙代も高くなります。
裁判所の「手数料額早見表」
この計算には、裁判所の「手数料額早見表」というものを使います。キャプチャ画像にすると、下のようなものです。
訴額はどう計算するのか
共有物分割請求訴訟の場合、下のように計算します。
- まず「自分の共有持分」で割る(2分の1、4分の1など)
- それをさらに「3分の1」する(これは全員共通)
- 全体の価値…3000万円
- 持分割合…5分の1(20%)
- 共有物分割訴訟は「裁判所によって共有物を分割してもらう」もの
- 共有持分は「権利」を分ける状態、分割は「物自体を分ける」こと
- 分割できない住宅などは、代金分割・全面的価格賠償などお金を使う方法で分割する
- 不動産で現物分割ができるものは、基本的に土地のみである
- 現物分割できるケースでも、資産価値を維持したいなら分割しない方がいい
- 遺産相続が絡むケースでも、問題なく共有物分割訴訟をできる
さらに「一番最初の金額」については、建物と土地で下のようにわかれます。
建物 | 固定資産評価額(要は普通) |
---|---|
土地 | 固定資産評価額の2分の1(半額になる) |
つまり、分割請求訴訟をするのが「土地」だったら、先程の計算から「さらに半分になる」ということです。
これはどの説明でわかるか
下のOSAKAベーシック法律事務所さんの説明でわかります。
共有物分割請求訴訟の訴額については、「分割前の目的物に対して原告が有する共有持分の価額の3分の1の額」とされています。
不動産については固定資産評価額となりますが、土地については、現時点では、固定資産評価の2分の1となります。
共有物分割の裁判手続(大阪不動産相談ネット)※OSAKAベーシック法律事務所運営
弁護士費用…事務所による。着手金・報酬金がある
弁護士に支払う成功報酬は、その事務所によって異なります。ここでは、下記の「赤沢・井奥法律事務所」の報酬の決め方を紹介させていただきます。
【参考】共有物分割にはどれくらい費用がかかりますか。(弁護士 赤沢・井奥法律事務所)
たとえば、共有物の全体(持分関係なしで)の価値が「3000万円」だったとします。その場合、下のような手順で計算していきます。
計算の内容 | 計算例 |
---|---|
不動産の価格を「3分の1」にする | 3000万円→1000万円 |
そこに持分割合を掛ける | 5分の1なら、1000万円→200万円 |
これを「係争利益」とする | 200万円のまま |
所定の「報酬比率」を見る | 300万円以下なら、着手金は8%、報酬金は16% |
着手金を計算 | 200万円×8%=16万円 |
報酬金を計算 | 200万円×16%=32万円 |
両方合計する | 16万円+32万円=48万円 |
このように、あくまで「赤沢・井奥法律事務所」さんの場合ですが、
という条件だったら、着手金・報酬金の合計で48万円になるということです。報酬金は「お金が入ってきたときに差し引かれる」ので、何もない状態から「単純に支払う」のは、着手金の16万円のみとなります。
「報酬比率」はどれくらい?
同事務所の場合、以下のようになっています。
経済的利益の額 | 着手金 | 報酬金 |
---|---|---|
300万円以下の場合 | 8% | 16% |
300万円超~3000万円以下の場合 | 5%+9万円 | 10%+18万円 |
3000万円超~3億円以下の場合 | 3%+69万円 | 6%+138万円 |
3億円を超える場合 | 2%+369万円 | 4%+738万円 |
ここまでの説明はあくまで同事務所の場合です。弁護士への依頼を考えられている方は、候補先の事務所の報酬規程を個別にチェックするようにしてください。
まとめ
以上、共有物分割訴訟とは何か、どのようなシチュエーションで必要になるか、どんな方法があるか、などの点をまとめてきました。最後にポイントをまとめると、下のようになります。
基本的には「人間の常識の範囲内のルール」なので、それほど難しくはないでしょう。しかし、細部のルールなどは専門家でなければわからないことも多いため、実際に共有物分割訴訟を起こすときには、弁護士などの専門家に相談するようにしてください。